はじめに

「大動脈解離」という病名を、ある日突然、自分や大切な人の身の上で聞く方がいます。頻繁に起こる病気ではありませんが、多くの場合、それは前触れもなく、突然に発症します。体で一番太い血管が裂けるという医師からの説明のインパクトは強く、急性期の治療をなんとか乗り越えたあとも、「この先、どれくらい元気でいられるのだろう」という不安が長く残りがちです。

同じように、突然の胸の痛みで運ばれてくる病気に、心筋梗塞があります。心筋梗塞は、治療の進歩によって、発症した後も長く付き合っていける病気になってきました。では、大動脈解離はどうなのでしょうか。この2つの病気は、しばしば同じ救急の現場で見られるものでありますが、急性期を乗り越えた後の動向を同じ集団で比べた研究は、これまでほとんどありませんでした。

この問いに、日本のデータで一つの答えを示した研究が、2026年、循環器の専門誌『European Heart Journal Open』に掲載されました。滋賀医科大学の研究グループが、滋賀県全域の登録データを使い、心筋梗塞と大動脈解離の「その後の5年間」を直接比べたものです。今回は、この研究についてお伝えします。

結論:急性期を乗り越えれば、その先の見通しは大きく変わる

大動脈解離は、5年間全体でみると、心筋梗塞と比較して生存率が劣る病気です。けれども、その原因の多くは発症してすぐの時期にありました。発症から30日という急性期を乗り越えた人に限ってみると、その後に心臓や血管の病気で亡くなるリスクは大きく下がり、心筋梗塞を起こした人とほぼ同じ水準に近づいていました[1]。急性期さえ越えられれば、その先の見通しは大きく変わる――この研究は、そのことを日本のデータで示しました。

図 急性期を越えれば、その先の心臓・血管のリスクは落ち着いていく(オリジナル作成)

言葉の説明:心筋梗塞と大動脈解離とは

この研究について詳しくお伝えする前に、二つの病気の違いを整理しておきます。どちらも突然の胸の痛みで始まることが多く、症状だけでは見分けがつきにくい病気です。

心筋梗塞(AMI)大動脈解離(AAD)
何が起きるか心臓に血液を送る「冠動脈」が詰まり、心臓の筋肉に血が届かなくなる体で最も太い血管「大動脈」の壁が裂け、壁が層状に剥がれていく
主な原因血管の壁にたまったコレステロールなどの脂質のかたまり(プラーク)が破れ、血の塊(血栓)で血流が止まる大動脈の壁に亀裂が入り、血管が裂ける
発症時の症状突然の胸の痛みで始まることが多い突然の胸の痛みで始まることが多い
危険因子高血圧・喫煙・糖尿病・脂質異常・肥満など高血圧・喫煙など

大動脈解離は、裂けた場所によって2つの型に分けられます。心臓から出てすぐの部分(上行大動脈)を含むものをA型、それ以外をB型と呼びます(スタンフォード分類)。A型のほうが緊急度が高いとされています。

研究のアプローチ:滋賀県140万人の登録データで1,923人を5年追跡

この研究は、実際に心筋梗塞や大動脈解離になった患者さんが、その後どのような経過をたどったのかを、長期間にわたって調査した観察研究です。

使われたのは、Shiga Stroke and Heart Attack Registry(SSHR)という、人口約140万人の滋賀県全域を対象に、脳卒中・心筋梗塞・大動脈の病気の発生と経過を記録し続けているデータベースです[1]

  • 対象:2014〜2015年に心筋梗塞または大動脈解離を発症した1,923人
  • 内訳:心筋梗塞 1,550人/大動脈解離 373人
  • 追跡期間:発症から5年後までの死亡リスクを推定(2014〜2015年に発症した人を2019年末まで追跡)
  • 平均年齢:心筋梗塞群 71.3歳、大動脈解離群 72.9歳
  • 解析方法:年齢と性別のかたよりだけをそろえたうえで死亡リスクを比較(喫煙や糖尿病など、ほかの要因のちがいは考慮していない)

この発見が伝えること

この研究から、大きく3つのことが明らかになりました。

①5年全体では、大動脈解離のほうが死亡率が高かった

5年間全体でみると、亡くなった人の割合(全死亡率)は次の通りでした[1]

1年3年5年
心筋梗塞25.8%30.7%35.4%
大動脈解離38.9%44.8%50.0%

年齢・性別を調整すると、大動脈解離は心筋梗塞より全死亡のリスクが約1.5倍高いという結果でした(調整ハザード比1.53、95%信頼区間1.29〜1.83)[1]。心血管死(心臓や血管の病気で亡くなること)でも同じ傾向が見られました。これらの結果を見ると、大動脈解離のほうが予後は好ましくないように感じられます。

②「発症から30日」を乗り越えた人では、心血管死リスクはほぼ同じ

しかし、発症30日以内に亡くなった人を除き、急性期を乗り越えた人だけを改めて比べ直したところ――

  • 全死亡では、なお大動脈解離のほうが高かった(調整ハザード比1.47、95%信頼区間1.12〜1.93)[1]
  • 心血管死では、両者の生存曲線はほぼ重なった(調整ハザード比1.02、95%信頼区間0.66〜1.59)[1]

心血管死のハザード比1.02は、「差がほとんどない」ことを意味する数値です。研究チームは、大動脈解離で亡くなる人が多く見えるのは主に発症早期の死亡によるもので、急性期を越えた患者さんの心血管に関する予後は両者で同程度だった、としています[1]

③早く運ばれ、適切な治療を受けられるかが予後を大きく分けた

この研究では、治療を受けられたかどうかで予後が大きく違うことも示されました。5年間の全死亡率を、治療の有無で比べると次のようになります。

病型5年間の全死亡率
(治療を受けた場合)
5年間の全死亡率
(治療を受けなかった場合)
ST上昇型 心筋梗塞
(再灌流治療)
23.2%87.2%
A型 大動脈解離(手術)26.7%88.3%

※ 再灌流治療とは、心筋梗塞で詰まってしまった血管(冠動脈)の血流を、再開するための治療です。カテーテルで血管を内側から広げる方法(PCI)などがあります。

例えば、A型大動脈解離では、手術を受けた人の5年全死亡率が26.7%だったのに対し、受けなかった人では88.3%でした[1]。ただし、治療を受けなかった人はもともと状態が重く、手術やカテーテル治療を行うこと自体が難しかった人が多かった可能性があります。そのため、この差をそのまま「治療の効果」と受け取ることはできません。それでも、より重症化する前に治療を受けることができれば、予後を改善できる可能性は高まります。発症後にどれだけ早く医療にアクセスできるかが、その後を大きく左右しうるのです。

わたしの視点

この研究のポイントは、「急性期という山を越えられれば、その後に心臓や血管の病気で亡くなる危険はぐっと小さくなる」ということでした。そうであれば、皆さんにお伝えしたいのは、その山を越えるために必要な2つのこと――「起こしにくくする」ことと、「起きたときに、少しでも早く医療へアクセスする」ことです。

起こしにくくする 〜まず、危険因子を知ることから〜

この研究の中で、心筋梗塞と大動脈解離に共通する危険因子として、高血圧・喫煙・糖尿病・脂質異常症・肥満が挙げられています[1]。では、これらはどれくらい発症リスクを上げるのでしょうか。日本人を対象にした研究(主に「虚血性心疾患」を調べたもので、心筋梗塞はその代表です)を見てみましょう。

  • 高血圧:約3万人を追跡した研究において、高血圧は循環器疾患の最も重要な危険因子とされ、理想的な血圧を保てれば、脳卒中発症の50%以上、全循環器疾患による死亡の30%以上を防げると推定されています[2]
  • 喫煙:約4万人を11年間追跡した研究で、たばこを吸う人の虚血性心疾患リスクは、吸わない人の約3倍でした[3]。男性では、心筋梗塞はタバコの本数が多いほど高く、1日35本以上で4.4倍になりました。しかし、禁煙すると、2年以内という比較的短い時間でリスクが下がることも示されています[3]
  • 糖尿病:約3万1千人を平均12.9年追跡した研究で、糖尿病のある人の虚血性心疾患の発症リスクは3.05倍、糖尿病予備群でも1.65倍でした[4]
  • これらが重なると、リスクはより高まる:危険因子は、重なるほどリスクを押し上げます。約2万6千人を対象に、45歳から生涯のうちに冠動脈の病気(心筋梗塞など)になる確率を調べた研究では、血圧・コレステロール・血糖値がいずれも良好で、たばこも吸わない人は、男性は0.3%(女性は0.5%)だったのに対し、これらの危険因子を2つ以上抱える人では男性は7.5%(女性は2.3%)と高くなっていました[5]

このように見てくると、危険因子があると虚血性心疾患などの発症リスクが相当上昇することが、はっきりと分かります。喫煙や糖尿病があるだけでおよそ3倍、複数が重なればさらに高くなります。ただし、これらはいずれも観察研究であり、因果関係を完全に証明するものではありません。また、ここで示した数字は主に虚血性心疾患についてのもので、大動脈解離を対象に、これらの危険因子が日本人でどの程度発症に関わるかを詳しく調べた研究は、まだ多くありません。

以前にもお話しましたが、私は毎日の食事をアプリで管理しており、食塩が過多だと把握しています。塩分は血圧と関わりが深い要素ですから、「自分の傾向を知り、少しずつ見直していく」ことが、こうした病気を遠ざける小さな一歩になるのだと思います。

早く気づき、早く動く 〜「その山を越える」ためにできる備え〜

この研究から分かるのは、「急性期さえ越えられれば、その先の見通しは大きく変わる」ということでした。大動脈解離は心筋梗塞よりも死亡率が高いのですが、その理由の大部分が発症してすぐの時期にあったということは、「発症直後にどれだけ早く医療にアクセスできるかが、その山を越えられるかどうかを分ける」ということが言えると思います。実際、治療を受けられた人とそうでない人とで、その後の生存率が大きく異なっていました。

そう考えると、「いざというとき、少しでも早く動ける備え」を元気なうちにしておくことには意味があると思います。日頃からできる備えとして、次の2つのことが挙げられます。

  1. 引っ越しの機会があれば、急性期の治療に対応できる病院が近くにある地域を、選択肢の一つとして考えておく。 住む場所を選ぶ理由はさまざまですが、「近くに頼れる病院があるか」という視点を、頭の片隅に置いておいてもよいと思います。
  2. スマートフォンを、常に手の届く場所に置いておく。 いざというとき、すぐに救急車を呼べるよう、日頃から電話を身近に置いておくこと。今日からすぐに始められる備えです。

健康なうちに少しだけ意識しておくことが、いざというときに役立つはずです。

まとめ

  • 5年間では、大動脈解離の方が心筋梗塞よりも死亡率が高かった(全ての原因による死亡率:50.0% vs 35.4%)。
  • 発症から30日を乗り越えた人に限ると、心血管死のリスクは両者でほぼ同じだった(調整ハザード比1.02)。
  • 治療を受けられたかどうかで予後は大きく異なり、早期に医療にアクセスすることの重要性が示された。
  • 本研究は観察研究であり、年齢と性別以外の要因が十分に調整されていないこと、2014〜2015年の発症例で治療は年々進歩していることなどに注意が必要。

大動脈解離は、最初の山さえ越えられれば、その後に心臓や血管の病気で亡くなる危険は大きく下がっていきます。その山を越えるために、日頃からできることもある――そう心に留め、行動していただけたら幸いです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

参考文献

  1. Sawayama Y, Harada A, Takashima N, et al. Comparative long-term prognosis of acute myocardial infarction and acute aortic dissection in a population-based registry. Eur Heart J Open. 2026;6(3):oeag094. doi:10.1093/ehjopen/oeag094
  2. 国立がん研究センター 多目的コホート研究(JPHC Study). 血圧区分と循環器疾患発症リスクおよび死亡リスクとの関連. https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/347.html (2026年7月11日閲覧)
  3. 国立がん研究センター 多目的コホート研究(JPHC Study). 喫煙と虚血性心疾患との関係. https://epi.ncc.go.jp/jphc/6/58.html (2026年7月11日閲覧)
  4. 国立がん研究センター 多目的コホート研究(JPHC Study). 糖尿病と虚血性心疾患との関連について. https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/2563.html (2026年7月11日閲覧)
  5. 国立がん研究センター 多目的コホート研究(JPHC Study). 冠動脈性心疾患、脳卒中、心血管疾患の生涯発症リスクについて. https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/9504.html (2026年7月11日閲覧)

※ 本記事は、信頼できる一次情報源に基づき、医学・薬学の視点から解説したものです。実際の治療や薬の使用については、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。

執筆:Miyarun(薬剤師・医学修士)
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