はじめに
膀胱がんの治療では、これまで「完全に切除したと思われる場合でも、念のためにBCG治療を行う」というのが標準的な考え方でした。しかし、BCG治療には頻尿・排尿痛・血尿・発熱など、日常生活に影響するさまざまな副作用が伴います。
そのような中、2026年5月に発表された日本発の大規模臨床試験「JCOG1019試験」が、新しい選択肢を示してくれました。
ある条件の膀胱がんであれば、追加でBCG治療を受けない「経過観察」も、ひとつの標準治療になる可能性がある。
富山大学や筑波大学などを中心とする研究グループが、全国43施設で実施した研究について、できるだけやさしくお伝えします。
結論:pT0のT1膀胱がんに、新しい選択肢が広がる
研究チームは、263人の患者さんを「無治療経過観察を行う群」と「BCG膀注療法を行う群」に分け、追跡期間の中央値で約7年にわたって追跡しました。その結果、
pT0が確認できたT1膀胱がんの患者さんでは、無治療経過観察はBCG治療に劣らない効果を示し、しかも副作用は明らかに少なかった[1]
ことが報告されています。
これにより、これまで「BCGの追加治療を受ける」のがほぼ唯一の道だった患者さんの一部に、自分の生活の質まで含めて選べる新しい選択肢が広がりました。
言葉の説明:T1膀胱がん、TURB、BCG膀注療法、pT0とは
専門的な言葉が出てきますので、ここで簡単に整理します。
T1膀胱がんと「高悪性度」
膀胱がんは、深さ(壁にどこまで入り込んでいるか)と悪性度によって分類されます。「T1」とは、がんが膀胱の表面の粘膜を超えて、その下の層(粘膜下層)まで広がっている状態のこと。「高悪性度(high-grade)」は、がん細胞の見た目が正常な細胞と大きく異なっていて、増殖や浸潤の勢いが強いタイプを指します。
TURB(経尿道的膀胱腫瘍切除術)
尿道から内視鏡を入れて、膀胱内のがん組織を切除する手術です。お腹を切る手術ではありません。麻酔下で行い、術後しばらくは尿道に管(カテーテル)を入れたままにします。
第2回TURB
最初のTURBの後、3〜8週間ほど経ってからもう一度行う同じ手術。目的は2つあります。
- 1回目で取り切れなかった腫瘍が残っていないかを確認する(実際、最大で約半数の患者さんで残存腫瘍が見つかると報告されています)
- 1回目では見抜けなかった、より深い層へのがんの広がりがないかを正確に評価する(約10%の患者さんで、実は筋層まで達していたと分かるケースがあります)
BCG膀注療法
膀胱の中にBCG(結核予防に使われるワクチン由来の薬)を注入する治療です。日本では導入療法のみで行われることが多く、今回のJCOG1019試験のBCG群でも、週1回×8回の導入療法のみが行われました。
免疫の力でがん細胞を攻撃させる仕組みで、再発や、より深い層への進展を防ぐ目的で行われてきました。ただし、血尿(61%)、頻尿(61%)、排尿痛(53%)、貧血(44%)といった副作用が、JCOG1019試験のBCG群で報告されています。
「pT0」とは
第2回TURBで採取した組織を病理検査した結果、がん細胞がまったく見つからなかった状態のこと。これは、「2回目の手術の時点で、見える範囲のがんが残っていなかった」ということを意味し、初回TURBで取り切れていた可能性が高いと判断される状態です。
研究のアプローチ:JCOG1019試験の概要
JCOG1019試験は、日本全国の43の医療機関で実施された、第3相の無作為化比較試験です。「経過観察がBCG治療に劣らない(非劣性と言います)」ことを確かめるための研究として設計されました(注意:「経過観察の方が優れている」ことを証明する設計ではありません)。
研究のデザイン

初回TURBで肉眼で見える腫瘍がすべて切除され、第2回TURBでがん細胞が見つからず(pT0)、さらに尿細胞診も2回続けて陰性だった、合計263人を、ランダムに2群に分けました。
- 130人:無治療経過観察群
- 133人:BCG膀注療法(週1回×8回)群
そして追跡期間の中央値で約7年にわたって、患者さんを追跡したのです。
主な結果
5年経過時点での主な結果を表にまとめました。
表 無治療経過観察群とBCG治療群の主な結果(オリジナル作成)
| 項目 | 無治療経過観察群(130人) | BCG治療群(133人) |
|---|---|---|
| 「重大なできごと(深い再発・遠隔転移・膀胱摘除・死亡)」が起きていない割合(iRFS) | 87% | 82% |
| 5年後の生存率(OS) | 92% | 92% |
| 副作用(どんな程度でも)が起きた割合 | 50% | 90% |
| 重い副作用(グレード3)が起きた割合 | 3.1% | 3.8% |
結果のポイント
第一に、5年後の生存率は両群で同じ(92%)でした[1]。
第二に、「深い再発(膀胱の深い層への再発)・他の臓器への転移・膀胱を取り除く手術・死亡」――この4つを合わせた『重大なできごと』の起こりにくさで、無治療経過観察はBCG治療に「劣らない」ことが統計的に証明されました(ハザード比0.69、90%信頼区間0.44–1.08)[1]。
第三に、副作用が起きた割合がBCG群で高いことが明らかになりました(50% vs 90%、p<0.001)[1]。さらに、無治療経過観察を選んだ方のおよそ9割が、追跡期間中ずっとBCG治療を受けずに済んだことも報告されています[1]。
一方で、膀胱内に何らかの再発(浅い再発も深い再発も含む)が見つからなかった人の割合は、経過観察群でやや低めでした(5年時点で経過観察群64%、BCG群73%)[1]。この差の主な内訳は、「浅い層にとどまる、より軽いタイプの再発(pTa/pTis)」で、件数は経過観察群42件、BCG群20件と報告されています[1]。
ただし、深い再発・転移・生存率などに差はなかったことから、浅い再発が見つかった場合でも、その時点で必要な治療を始めれば、長期的な結果は変わらないと言えます。実際、経過観察群のうち13人は、追加でBCG治療を受けています[1]。だからこそ、定期的な検査をきちんと続けることが、この選択の前提となります。
この発見が伝えること
これまでは、「がんが見つかった以上、できるだけしっかり治療を受けるのが安心」と感じてこられた方が多かったのではないでしょうか。
しかし、今回の研究は、「場合によっては、追加治療をしないこともしっかりとした選択肢になりうる」ことを、第3相試験という根拠が高い研究で初めて示してくれました。
経過観察は、慎重に経過を見守りながら、必要があれば次の一手にすぐ切り替えられる、戦略的な治療法です。決して「何もしない」ということではなく、れっきとした「治療」の一つの形なのです。
わたしの視点
今回の研究は、患者さんに新しい選択肢を示すものです。ただ、こんな不安を感じる方もいらっしゃるだろうと思います。
「経過観察を選んで、本当はまだ小さながんが残っていたら……「あのとき、BCGでトドメを刺しておけばよかった」と後悔しないだろうか?」
これは、とても自然で正直な気持ちだと思います。今回の結果を見ても、「一度がんが見つかったのに、追加の治療をしない」ということに、心理的な抵抗を覚えるのは当然のことです。
そこで、もしご自身や大切な方がT1膀胱がんと診断されたとき、まずは主治医の先生に「自分のケースで経過観察は選択肢になりますか?」と尋ねてみることをおすすめします。今回の研究結果が当てはまるのは、あくまで「第2回TURBでがん細胞が見つからなかった」という、限定された条件の患者さんです。
「定期検査が必要」というのは、BCG治療でも同じこと
論文には、経過観察群でもBCG群でも、まったく同じ検査スケジュールが課されていたと書かれています[1]。具体的には、最初の3年間は3か月ごとに膀胱鏡と尿細胞診、次の2年間は半年ごとに同じ検査を、その後は年1回。CTやMRIも、3年間は年1回行われました。
膀胱がんは再発しやすい性質を持つため、どちらの治療を選んでも、長期間にわたって検査を受け続けることが基本となります。「長期間の検査が必要」という点は、経過観察を選ぶことの特別なデメリットではなく、膀胱がんと向き合うすべての方に共通する前提なのです。
いちばん大切なのは「早期発見」
ここまでお話ししてきた「経過観察」という選択肢は、膀胱がんが筋層に浸潤する前に見つけ、TURBで完全切除ができ、第2回TURBでもがん細胞が見つからなかった――そういう一定の条件を満たした方が選べる道です。逆に言えば、もし発見が遅れて、膀胱の筋肉の層までがんが広がってしまうと、この選択肢自体が消えてしまうかもしれません。
膀胱がんでもっとも大切な初期サインは、「目で見てわかる血尿(肉眼的血尿)」です。国立がん研究センターのがん情報サービスでは、血尿は痛みなどを伴わないことが特徴で、いつも血尿になるわけではなく、一度出たきりしばらく出ないこともあると注意喚起されています[2]。
- 痛みもないのに、突然おしっこが赤や茶色っぽくなる
- 出たり止まったりを繰り返すことが多い
- 数日で自然に治まったように見えることもある
こうした症状に気づいたら、たとえ自然に治まったように感じても、必ず一度は泌尿器科を受診してほしい――これが、わたしが大切な人に強く伝えたいことです。
早く気づいて、早く動くこと。それが、治療の選択肢をいちばん多く保つ道です。
「あのとき、早めに病院に行っておいてよかった」――そう思える日が、できるだけ多くの方に訪れますように。
まとめ
- 日本全国43施設で実施されたJCOG1019試験で、高悪性度のT1膀胱がん患者さん263人を「無治療経過観察」と「BCG治療」に分け、追跡期間の中央値で約7年間追跡した。
- 第2回TURBでがん細胞が見つからなかった(pT0)患者さんでは、無治療経過観察はBCG治療に劣らない結果を示し、5年生存率は両群とも92%だった。
- BCG治療群では90%に何らかの副作用が見られたのに対し、無治療経過観察群では50%にとどまった。ただし、重い副作用(グレード3)の頻度は両群でほぼ同じで、生命に関わるグレード4の副作用はBCG群で1名のみ、両群とも治療に関連した死亡はなかった。
- ただし、この結果は「第2回TURBでがん細胞が見つからなかった」という限られた条件の患者さんに当てはまるもの。経過観察を選んでもBCG治療を選んでも、長期間の定期検査を続けることが基本となる。
- それでも、患者さんとそのご家族にとって、「治療を選ぶ」「経過観察を選ぶ」という新しい選択肢が広がった、重要な知見である。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
不安なときも、迷うときも、主治医の先生としっかり相談してください。「自分のケースに合った道」を、主治医と一緒に決めていくこと。それが、いまもこれからも、あなたを支える大切な一歩になります。
参考文献
- Kitamura H, Tsukamoto T, Kakehi Y, et al. Active surveillance versus intravesical bacillus Calmette-Guérin for high-grade T1 bladder cancer with negative second transurethral resection: the randomized noninferiority phase 3 JCOG1019 trial. Eur Urol. 2026;89:437-445. doi:10.1016/j.eururo.2026.01.008
- 国立がん研究センター がん情報サービス. 膀胱がん―症状・検査・治療. https://ganjoho.jp/public/cancer/bladder/index.html(2026年5月閲覧)
※ 本記事は、信頼できる一次情報源に基づき、医学・薬学の視点から解説したものです。実際の治療や薬の使用については、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。
執筆:Miyarun(薬剤師・医学修士)
Medical Compass:最新治療と健康のナビゲーター