はじめに
がんの治療薬は、これまで「肺がん用」「乳がん用」のように、「がんができた臓器」ごとに承認されてきました。しかし、近年は検査でがん細胞の中の遺伝子の異常まで調べられるようになり、「臓器を越えて、共通の遺伝子の異常を持つ患者さんに同じ薬が効くかもしれない」という考え方が広がってきています。
2026年5月18日、中外製薬株式会社は、ALK阻害剤アレセンサ®(一般名:アレクチニブ塩酸塩)について、「ALK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形癌」に対する小児を含む適応拡大の承認を、厚生労働省から取得したと発表しました[1]。ALK阻害剤として、世界で初めての臓器横断的(がん種横断的)承認です。
ALK融合遺伝子が見つかるがんの中で、「患者数」が最も多いのは肺がんです。一方で、ふだんあまり耳にしないがんにも、同じ遺伝子の異常が見つかることが分かってきました。今回は、こうした「個別化医療」の現在地をお伝えします。
結論:「臓器」ではなく「遺伝子」で薬を選ぶ時代へ
ALK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がんに対し、ALK阻害剤アレセンサ®が、成人・小児を対象とした臓器横断的な治療薬として承認された。ALK阻害剤として世界初の臓器横断的承認である。
これまでアレセンサが使えなかったがんの患者さんも、ALK融合遺伝子が見つかれば、この薬を治療の選択肢にできる可能性が広がりました。

言葉の説明:ALK融合遺伝子、臓器横断的承認、希少がんとは
ALK融合遺伝子と ALK 阻害剤
ALK(アルク)は、私たちの細胞の中で働いている遺伝子の一つです。ふつうは細胞の成長を細やかに調節していますが、何らかのきっかけで他の遺伝子(EML4、NPMなど)とくっついて「融合遺伝子」となると、その調節が壊れ、細胞の増殖が止まらなくなることがあります。アレセンサは、こうした「異常なALK」の働きをピンポイントで抑える薬です。
ALK融合遺伝子はどんながんで、どのくらい見つかるのか
ALK融合遺伝子は、これまで肺がん(特に非小細胞肺癌)の代表的な「ドライバー遺伝子(がんの増殖の鍵となる遺伝子)」として知られてきました。日本肺癌学会のガイドラインでは、以下のように記載されています。
表 様々ながん種と、ALK融合遺伝子陽性の割合(オリジナル作成)
| がん種 | ALK融合遺伝子陽性の割合 |
|---|---|
| 非小細胞肺癌(NSCLC)全体 | 約 3〜5%[4] |
| 未分化大細胞リンパ腫(希少な血液がん) | 高頻度に検出される |
| 炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(希少がん) | 高頻度に検出される |
| 乳がん、大腸がんなど | 検出例が報告されている[1](非常にまれ) |
肺がんは患者数の多いがんの一つで、新たに見つかる肺がんの大部分が非小細胞肺癌です。「数%」という割合は小さく見えるかもしれませんが、人数としては毎年多くの方が該当します。アレセンサはNSCLCのALK融合遺伝子陽性の患者さんに対して、既に一次治療で使用されています。今回の承認は、その対象を他の様々ながん種にも、ALK融合遺伝子という共通の鍵を手がかりに広げるものです。
臓器横断的承認(がん種横断的承認)
ふつう、薬は「肺がん用」「乳がん用」のように「がんができた臓器」ごとに承認されます。これに対して臓器横断的承認とは、共通する遺伝子異常があれば、様々ながんに使用してもよいという意味です。今回のアレセンサは、ALK阻害剤としては世界で初めての臓器横断的承認となります。
希少がん
「人口10万人あたり6例未満」のまれながんのことです[3]。患者数が少ないため、これまで臨床試験が進みにくく、標準治療が確立されていない領域が多く残されていました。
研究のアプローチ:TACKLE 試験の概要
今回の承認は、国立がん研究センター中央病院が主導するMASTER KEYプロジェクトの枠組みで行われた、第II相の医師主導治験「TACKLE試験」の成績が、薬事承認の主な根拠となっています。
試験のデザイン
TACKLE試験は、ALK遺伝子異常(融合遺伝子、活性化型遺伝子変異、または遺伝子コピー数増加)を有する進行・再発の固形がん患者さん26名(16歳以上14名、16歳未満12名)を対象に、国内4施設(国立がん研究センター中央病院、京都大学医学部附属病院、九州大学病院、北海道大学病院)で2018年から実施されました。26名のうち、今回の承認の対象となる「ALK融合遺伝子陽性」であった方は17名でした。患者さんには、16歳以上にはアレクチニブ1回300mgを1日2回、16歳未満には体重あるいは年齢に応じた量を1日1回または2回、毎日投与しました。治療の効果を測る主な指標は、画像中央判定による奏効率(治療によってがんが縮小した方の割合)です。
主な結果
「全試験対象者のうち、ALK融合遺伝子陽性の方々」の奏効率は、以下の通りでした[3]。
表 TACKLE試験の結果(オリジナル作成)
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 対象 | ALK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がん患者 17名 |
| 画像中央判定による奏効率 | 76.5%(13/17名) |
| 95%信頼区間 | 50.1〜93.2% |
奏効率76.5%とは、17名のうち13名で、がんの明らかな縮小または消失が確認されたという意味です。希少がんを対象とした第II相試験として、強い手応えを示す結果と言えます。
ALK融合遺伝子陽性の17名には、炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(6/6名)、間葉系腫瘍(2/2名)など、ふだんあまり耳にしないがん種の方々が含まれていました。
安全性
上記の17名だけではなく、薬剤が投与されたすべての方(26名)を対象に評価されました。26名のうち、19名(73.1%)に何らかの副作用が見られました[2]。主な副作用は、リンパ球数減少と好中球数減少が各23.1%(6/26名)、貧血19.2%(5/26名)、血中クレアチニン増加15.4%(4/26名)で、これまでに認められているアレセンサの安全性プロファイルと同様であり、新たな安全性シグナルは認められませんでした[1]。添付文書には重大な副作用として、間質性肺疾患(3.7%)、好中球減少(9.2%)、白血球減少(5.5%)などが、効能共通で挙げられています。
この発見が伝えること
これまで、同じ薬が「肺がん用」「胃がん用」などと臓器ごとに承認されていく中で、それ以外のがん患者さんには「自分にも効くかもしれないのに、保険診療では使えない」というハードルがありました。今回の臓器横断的承認は、それをALK融合遺伝子という「共通の鍵」で越えることになります。
ただし、この承認には大切な前提があります。添付文書では「十分な経験を有する病理医又は検査施設における検査により、ALK融合遺伝子陽性が確認された患者に投与すること」、さらに「各がん種における国内外の最新の診療ガイドライン等を参考に本剤以外の治療の実施についても慎重に検討し、適応患者の選択を行うこと」とされています[2]。
つまり、「ALK融合遺伝子が陽性なら、誰でもすぐにアレセンサが第一選択になる」という単純な話ではなく、主治医(がん化学療法に十分な知識・経験を持つ医師)が、患者さんのがん種・状況に応じて、他の標準治療と慎重に比較したうえで判断する――この前提のうえで、新しい選択肢が一つ加わった、という位置づけです。
わたしの視点
自分や家族ががんになり、ALK融合遺伝子が見つかったら
自分や家族が、ふだん聞き慣れない希少な種類のがんと診断され、「標準治療が確立していません」と告げられたとしたら――その衝撃は、想像にあまりあります。
そのとき、今回のような報告は、「自分のがんでも、共通する遺伝子の異常が見つかれば、すでに他のがんで使われてきた薬を試せるかもしれない」という光を与えてくれます。「がん種」では珍しくても、「同じ遺伝子の異常」を手がかりにすれば、これまで届かなかった患者さんに薬が届くようになる――そのつながりが、これからの治療の選び方を少しずつ変えていくのだと思います。
がん遺伝子パネル検査のハードル
アレセンサを「ALK融合遺伝子陽性の固形がん」に対して使用する場合、適応の判定にはFoundationOne® CDx がんゲノムプロファイルというコンパニオン診断(薬の対象になるかどうかを調べる検査)が用いられます[1]。
ここで知っておきたいのは、FoundationOne® CDxを含む「がん遺伝子パネル検査」が現在、標準治療がない、または終了見込みの固形がん患者さんなど、限られた条件で保険適用されているということです。希望すれば、必ずしも気軽に受けられる検査ではありません。
今回の承認はALK融合遺伝子陽性が確認された方にとっては、新たな選択肢となり得ます。希少がんなどで標準治療が確立していない、あるいは標準治療を終えた場合は、主治医からがん遺伝子パネル検査について説明されることが多いと思いますので、まずはその説明をしっかりと聞き、不明な点があれば遠慮なく質問してみてください。
薬剤師としての立場から
アレセンサは、点滴ではなくカプセルの飲み薬です。アレセンサは、多くのケースにおいて調剤薬局で交付され、ご自宅で服用していただくことになります。成人の用法・用量は「1回300mgを1日2回」、小児は体重に応じた用法・用量が定められています。
ここで気を付けたいのが、他のお薬や食品との「飲み合わせ」です。アレセンサは体の中で主にCYP3A4という肝臓の酵素によって代謝されます。このため、
- CYP3A4の働きを邪魔するお薬(イトラコナゾールなど)と一緒に飲むと、アレセンサの血中濃度が高くなり、副作用が出やすくなる可能性があります。
- CYP3A4の働きを強めるお薬(リファンピシンなど)と一緒に飲むと、アレセンサの効果が弱くなる可能性があります。
ここで挙げたお薬以外にも、サプリメントや健康食品の中にはCYP3A4に影響するものがあります。このため、調剤薬局では必ずお薬手帳を提出し、お薬手帳には使用しているサプリメントや健康食品を書き出しておいてください。「飲み合わせは大丈夫かな?」と不安に思ったら、その場で調剤薬局の薬剤師に遠慮なく尋ねる――これが、より安全にアレセンサを使用することに繋がります。
なお、本サイトのお問い合わせからも、ご相談を受け付けています。主治医・薬剤師に尋ねる前や、「そもそもこのお話を、自分や家族にどう当てはめて考えればいいか」を整理したいときに、どうぞ遠慮なくご活用ください。
遺伝子で薬を選ぶ時代の「成熟」までには、まだ時間が必要
ここまで、「がん種ではなく遺伝子で薬を選ぶ」という新しいがん治療のかたちをお伝えしてきましたが、これがすべての患者さんに届くようになるには、まだ時間が必要です。
がん細胞の中に見つかる遺伝子の異常は、ALK融合遺伝子だけではありません。EGFR遺伝子変異、KRAS遺伝子変異、HER2遺伝子増幅……数えきれないほどの種類があります。そして、そのすべてに「いま、効く薬」が用意されているわけではない、というのが現実です。
つまり、「自分のがんの遺伝子を調べたら、対応する薬がまだなかった」という方が、まだまだ多くいらっしゃいます。「遺伝子で薬を選ぶ時代」が成熟するためには、より多くの種類の遺伝子の異常に対応できる薬剤が、いくつも必要になります。
それでも、わたしは前向きに受け止めています。
理由は3つあります。
第一に、特定の遺伝子の異常を持つ患者さんを対象にした臓器横断的な治療薬が、少しずつではあっても、これまでに複数承認されてきているからです。今回のアレセンサの承認は、その積み重ねの中に、ALK融合遺伝子という新しい「鍵」が加わった一歩です。一足飛びにではなく、一つひとつ、しかし確かに前に進んでいます。
第二に、MASTER KEYプロジェクトのように、希少な遺伝子異常を持つ患者さんの情報を国レベルで集めて、開発につなげる仕組みが日本で動き出していることが挙げられます。こうした基盤が、これまで取り残されがちだった希少な遺伝子異常に対する治療開発を、これからも後押ししていくと考えられます。
第三に、がん遺伝子パネル検査の結果は、その時点で対応する薬があるかどうかに加え、ご自身の今後の選択肢を広げるための「カルテ」になり得るからです。新しい薬が承認されたとき、過去の検査結果が意味を持つ可能性があります。
ですから、「今の自分には対応する薬がまだなかった」という結果が出たとしても、それは「終わり」とは限りません。これからの選択の入り口に立てた、という見方もできます。「遺伝子で薬を選ぶ時代」の成熟にはまだ時間が必要ですが、わたしたちは、確かにその途中にいます。
まとめ
2026年5月18日、ALK阻害剤アレセンサ®(アレクチニブ塩酸塩)が、ALK融合遺伝子陽性の進行・再発の固形がんに対し、成人・小児を対象とした臓器横断的な治療薬として承認された。ALK阻害剤としては、世界初の臓器横断的承認。
承認の主な根拠は、国立がん研究センター中央病院主導の医師主導治験「TACKLE試験」で、ALK融合遺伝子陽性17名における画像中央判定による奏効率は76.5%(13/17名、95%CI 50.1〜93.2%)であった。副作用はこれまでに知られているアレセンサのプロファイルと同様で、新たな安全性シグナルは認められなかった。
ALK融合遺伝子は患者数の多い肺がん(非小細胞肺癌)でも検出され、同剤はすでに肺がん・未分化大細胞リンパ腫の治療に使われてきた。今回の承認は、その対象を「共通の鍵」を手がかりに他のがん種にも広げる位置づけである。
本承認の適応判定にはFoundationOne CDxによるコンパニオン診断が用いられる。希少がんなどで標準治療が確立していない、あるいは標準治療が終了する見込みのある場合は、主治医からがん遺伝子パネル検査について説明があることが多いので、まずはその説明をしっかりと受ける。また、アレセンサ®を始めるときは、薬剤師に飲み合わせを相談する――これらが、新しい選択肢を安全に活かす大切な一歩になる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
主治医や薬剤師、そしてご家族との対話の中で「自分の遺伝子の情報」「飲んでいるお薬」を一度棚卸ししてみてください。それが、選択肢を広げ、選んだ治療を安全に続ける入り口になります。
参考文献
- 中外製薬株式会社. アレセンサ、ALK融合遺伝子陽性固形がんに対し、成人・小児を対象とした世界初の臓器横断での適応拡大承認を取得. ニュースリリース. 2026年5月18日. https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20260518153001_1585.html
- アレセンサカプセル150mg 添付文書(第3版、2026年5月改訂). PMDA医療用医薬品情報. https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/450045_4291032M3021_1_08
- 国立研究開発法人国立がん研究センター. ALK融合遺伝子陽性の固形がんに対し、成人・小児を対象とした臓器横断での治療薬が薬事承認 中央病院「MASTER KEYプロジェクト」での医師主導治験の成果. プレスリリース. 2026年5月18日. https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2026/0518/index.html
- 日本肺癌学会バイオマーカー委員会. 肺癌患者における ALK 融合遺伝子検査の手引き 第4版. 2021年10月. https://www.haigan.gr.jp/wp-content/uploads/2024/07/ALK%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D-ver.4.pdf
※ 本記事は、信頼できる一次情報源に基づき、医学・薬学の視点から解説したものです。実際の治療や薬の使用については、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。
執筆:Miyarun(薬剤師・医学修士)
Medical Compass:〜最新治療と健康のナビゲーター〜