はじめに

食道がんと診断され、主治医から「手術は難しい」「化学放射線療法も勧められない」と説明を受ける。そこには、診断されたときとはまた違う重さがあります。

がんそのものへの不安に加えて、治療の選択肢が狭まっていく。患者さんはもちろん、そばで支えるご家族も簡単には受け止めきれないことだと思います。

けれども、2026年6月、新しい選択肢が一つ加わりました。「テロメライシン注」(一般名:スラタデノツレブ)です。岡山大学で生まれ、20年をかけて育てられてきた、日本発の腫瘍溶解ウイルス製剤です。そして、2026年8月13日から公的医療保険でこの治療が受けられるようになりました。

どのような治療法なのか。誰が対象になるのか。どこで受けられて、費用はどうなるのか。順にお伝えします。

結論:食道がんに、日本で生まれた新しい治療法が加わった

どのような治療法か――放射線療法と組み合わせ、上部消化管内視鏡で病変に直接、およそ2週間おきに計3回注射します。

誰のための治療法か――手術(根治切除)も化学放射線療法も難しいと判断された食道がんの方が対象です。2026年6月8日に承認され、8月13日から公的医療保険が使えるようになりました。

効果はどうか――国内第Ⅱ相試験に参加した36人のうち18人(50.0%)で、18か月までの間に食道の病変が完全に消えました。18か月の時点の全生存率は56.6%、がん特異的生存率は70.1%です。

食道がんとは

テロメライシンの話に入る前に、食道がんという病気を整理しておきます。

食道は、食べ物の通り道

食道は、咽頭(のど)と胃をつなぐ管状の臓器です。口から食べたものを胃に送るのが役割で、消化の働きはありません。体の中心部にあり、気管、心臓、大動脈、肺などの臓器や背骨に囲まれています。

食道がんは、内側をおおう粘膜の表面からできます。どこにでもできる可能性がありますが、約半数は食道の中央付近です[1]

初期には、症状が出にくい

食道がんは、初期には自覚症状がないことがほとんどです。

進行すると、飲食時の胸の違和感、飲食物がつかえる感じ、体重減少、胸や背中の痛み、咳、声のかすれといった症状が出てきます。特に、飲み込んだときに胸の奥がチクチク痛む、熱いものを飲み込んだときにしみる感じがするといった症状は、早期発見のために注意しておきたいものとされています。これらの症状は、一時的に消えることもあります[1]

日本では、9割近くが扁平上皮がん

がんの種類でみると、食道がんは扁平上皮がんが90%弱、腺がんが7%程度です[1]。この記事で紹介する臨床試験の参加者も、ほぼ全員が扁平上皮がんの方でした[2]

治療は、ステージと体の状態の両方で決まる

食道がんの治療は、がんの進行度(ステージ)と、本人の体の状態を総合的にみて決められます[3]

ステージ(病期)主な標準治療
0期内視鏡的切除(食道を残せる)
Ⅰ期手術、または化学放射線療法
Ⅱ期・Ⅲ期手術ができる体の状態なら、化学療法を行ってから手術。手術は難しいが化学放射線療法はできる場合は、完治を目指した根治的化学放射線療法
ⅣA期化学放射線療法
ⅣB期化学療法

注目していただきたいのは、Ⅱ期・Ⅲ期の欄にある「体の状態」という条件です。

食道がんの手術は、体への負担が大きい治療です。胸部食道がんでは、一般的に右胸部・頸部・上腹部を切開し、胸部食道の全部と胃の一部を切除したうえで、頸部・胸部・腹部にわたるリンパ節の切除(リンパ節郭清)を行います。手術に伴う合併症で亡くなる方は2〜3%とされています。合併症は、特に高齢の方や、別の臓器に障害をもっている方で起きやすいとされています[3]

そのため、Ⅱ期・Ⅲ期であっても手術が選べないことがあります。その場合は根治的化学放射線療法が検討されますが、それも難しいと判断されることもあります。がん情報サービスには、

手術も化学放射線療法もできない体の状態であると判断された場合は、放射線治療単独療法や化学療法などを行います。

と記されています[3]。ここでテロメライシンが登場します。効能・効果は「根治切除及び化学放射線療法の適応とならない食道癌」と定められています[4]。「手術も化学放射線療法も選びにくい」と判断された患者さんが対象、という意味になります。

テロメライシンとは何か――「がん細胞のスイッチで動くウイルス」

テロメライシンは医薬品ではなく、再生医療等製品という区分に分類されます。その正体は、遺伝子を組み換えたヒトアデノウイルス5型です[4]。アデノウイルスは、かぜの原因になる身近なウイルスです。

しくみ

多くのがん細胞では、分裂を繰り返しても寿命が尽きないように、テロメラーゼという酵素が高いレベルではたらいています。この酵素の設計図にあたるのが、「hTERT」という遺伝子です。

遺伝子には、その遺伝子を「いつ、どの細胞で働かせるか」を決めるスイッチにあたる部分があります。テロメライシンは、ウイルスが増えるために必要な遺伝子が、hTERT遺伝子のスイッチで動くようにつくり替えられています。要するに、hTERTが盛んにはたらいている細胞――多くのがん細胞がそうです――の中でだけ、このスイッチが入るということです[5]

スイッチが入ると、ウイルスは腫瘍の中で増え、その過程でがん細胞を溶かしていくと考えられています[4]。がん細胞が自分の身を守るために持っている性質を、治療の目印として使う。とてもよく考えられた発想だと思います。

図1 テロメライシンのしくみ(オリジナル作成)

投与のしかた

放射線療法と併用して、1回あたり1mL(1×10¹²ウイルス粒子)を、およそ2週間の間隔で計3回、上部消化管内視鏡(胃カメラ)で病変に注射します。注射は1カ所あたり0.2mLを目安に、5〜10カ所に分けて、病変全体に行き渡るように行います[4]

20年の歩み――岡山大学で生まれ、患者さんのもとへ

テロメライシンの開発は、2006年にさかのぼります。

岡山大学の藤原俊義教授、黒田新士准教授らの研究グループが開発を主導し、2006年、米国で第Ⅰ相試験が行われました。2013年には岡山大学で放射線治療と組み合わせる臨床研究、2017年から企業治験、2020年からは全国17施設での第Ⅱ相試験へ。この間、審査を早めるための「先駆け審査指定制度」の対象にも選ばれています[6]。そして2026年6月8日、承認に至りました。最初に人に投与されてから、およそ20年です。

承認申請の際、藤原教授は次のようにコメントしています[6]

長らく岡山大学を中心に開発が進んできた国産の抗がんウイルス製剤テロメライシンの薬事承認申請ができたことをたいへんうれしく思います。臨床試験では、約半分の患者さんで局所の食道がんが消失しました。実臨床でも、やさしい治療を待つ食道がん患者さんに届くことを願っています!

「やさしい治療を待つ食道がん患者さん」という言葉に、藤原教授の想いがにじんでいます。

国内第Ⅱ相試験――どんな試験で、何が分かったか

承認の根拠になったのは、国内で行われた第Ⅱ相試験(OBP101JP試験)です。手術も化学放射線療法も適応とならないと判断された食道がんの患者さん37人が参加し、うち36人が有効性の評価対象となりました[2]

37人のうち28人(75.6%)が80歳以上であることに、この試験の性格が表れています。体への負担が大きい治療を選びにくい状況にある患者さんが対象でした[2]

有効性

食道にあった病変が、検査で確認できないところまで完全に消えた状態を局所完全奏効といいます。食べ物の通り道である食道の病変が消えることは、日々の暮らしに直結します。

評価項目結果
治療開始から24週までの局所完全奏効率41.7%(36人中15人、90%信頼区間27.7〜56.7%)
治療開始から18か月までの局所完全奏効率50.0%(36人中18人、90%信頼区間35.3〜64.7%)
18か月の時点の全生存率56.6%
18か月の時点のがん特異的生存率70.1%

※ 局所完全奏効率は添付文書[4]、生存率は観察期間中央値17.6か月時点の最終解析[2]によります。がん特異的生存率は、食道がん以外の原因による死亡を除いて計算した割合です。

図2 食道の病変が完全に消えた人の割合(オリジナル作成)

この試験がいちばん確かめたかったのは、治療開始から24週の時点で、食道の病変が消えた人がどれくらいいるかでした。結果は41.7%です。

試験を始める前に、「放射線治療だけを行った場合の成績(30.2%)をはっきり上回ること」という目標が決められていました。41.7%は30.2%を超えています。ただ、参加した人数が限られるため、その差が偶然によるものではないと言い切れる結果には至りませんでした[7]

その後、18か月の時点まで調査を継続したところ、36人のうち18人(50.0%)で病変が消えていました。24週の時点では15人でしたので、その後も消えた状態が確認された方がいたことになります。ただし、この見方は主要評価項目とは別に、あとから設定されたものです[7]

18か月の時点の全生存率・がん特異的生存率は、いずれも日本の全国的な登録データにある「放射線治療だけを受けた方」の成績を上回っていました。研究グループは、この治療が、手術も化学放射線療法も難しいと判断された患者さんにとって意味のあるものだと考えられる、と結論づけています[2]

なお、この試験は比較対照を置かない単群のものです。今後のデータの積み重ねが必要となります。それでも、選択肢が限られる方たちで、このような結果が得られた。その意味は小さくありません。

安全性

副作用としていちばん多かったのは発熱で、第Ⅱ相試験の参加者の51.4%にみられました[4]

副作用発現割合
発熱51.4%
リンパ球の減少37.8%/10.8%
白血球数減少10.8%

※ リンパ球の減少は、添付文書では「リンパ球数減少」(37.8%)と「リンパ球減少症」(10.8%)という二つの用語で報告されています[4]

発熱は、投与による免疫反応などに伴って、投与後の早い時期から高い頻度であらわれます。あらかじめ想定されている反応で、医療者は患者さんの状態をよく観察します。血球が減ることもあるため、定期的な血液検査が行われます[4]。最終解析では、有害事象は一過性で管理可能であったと報告されています[2]

まれにあらわれる副作用として、食道炎(食道穿孔、食道潰瘍)と縦隔炎が挙げられています。また、一定数のデータが集まるまでの間は、投与を受けた全員を対象に調査を行うことが、承認の条件とされています[4]

どこで受けられ、いくらかかるか

施設と医師の要件

テロメライシンには、厚生労働省が定める最適使用推進ガイドラインがあり、扱う施設と医師の要件が決められています。施設は、がん診療連携拠点病院をはじめとする、がん治療の体制が整った医療機関です。医師には、がん治療の臨床経験に加えて、食道がんの治療と上部消化管内視鏡診療の学識・技術、適正使用の講習の受講が求められます[7]

要件が細かく決められている分、受けられる施設は限られます。その代わり、食道がんの治療と内視鏡診療の経験を積んだ医師が、体制の整った施設で行う治療になります。

ご自身が対象になるかどうか、また、どこで受けられるかは、まず主治医にご相談ください。必要に応じて、扱いのある医療機関を紹介してもらうことができると思います。

費用と高額療養費制度

価格は1回あたり310万2489円です。投与は3回なので、合計で930万7467円になります[8]。金額を見て驚かれるかもしれませんが、この額をそのまま支払うわけではありません。

公的医療保険が使え、高額療養費制度による上限もあります。上限額は年齢や所得によって決まり、制度の見直しによって変わることがあります。マイナ保険証を使うか、事前に「限度額適用認定証」を用意しておけば、窓口での支払いそのものを上限額までにとどめられます。ご自身の場合にいくらになるかは、加入している公的医療保険の窓口でご確認ください[9]

この承認で変わること

① 選択肢が一つ増えた

これまで、手術も化学放射線療法も難しいと判断された場合には、放射線治療だけを行う、あるいは化学療法を行うといった方法がとられてきました。そこに、放射線療法とテロメライシンを組み合わせるという選択肢が加わりました。すでに保険も使えるため、費用の面でも現実的な治療になっています。

② 体への負担が比較的軽い

食道がんの手術は、胸や首、お腹を切開する大がかりな治療です。一方、テロメライシンは、胃カメラで病変に注射するもので、切開はありません。回数も2週間おきに計3回です。ただし、試験では放射線療法を週5日、約6週間にわたって併用しており、通院の負担は小さくありません[4]

わたしの視点

わたしがいちばん印象的だったのは、試験に参加された37人のうち28人が80歳以上だったことです。体への負担が大きい治療を選びにくい方のために開発された治療法が、まさにその方たちのもとで確かめられ承認に至ったことに、感慨深いものがあります。

もうひとつ、添付文書を読んでいて目に留まった項目があります。投与のあと、患者さんの排泄物などに一時的にウイルスが含まれるため、投与から7日後までは、排泄物に触れたときに手を洗うよう、ご本人だけでなくご家族や介護される方にも伝えることとされています[4]

試験では、投与後の血液や唾液、痰、尿、便からウイルスの遺伝子が検出されています。ただし、実際に感染する力を持っていたものは限られており、便では、感染する力が確認された検体の割合が、投与から3日目の61.1%から、7日目には12.5%まで下がっています[5]。7日を境にゼロになるわけではありませんが、排泄のあとに手を洗うことは、そもそもこの治療に関わらず続けている習慣のはずです。隔離が必要というような話ではありません。

遺伝子を組み換えたウイルスを使う治療と聞くと身構えてしまいますが、実際に日常生活で注意すべきことはその程度です。

まとめ

  • 2026年6月8日、腫瘍溶解ウイルス製剤「テロメライシン注」(スラタデノツレブ)が、「根治切除及び化学放射線療法の適応とならない食道癌」を対象に承認され、同8月13日から公的医療保険の対象になった。岡山大学で生まれ、20年をかけて育てられた国産の製剤である。
  • 放射線療法と組み合わせ、上部消化管内視鏡(胃カメラ)で病変に直接、およそ2週間おきに計3回注射する。
  • 国内第Ⅱ相試験でいちばん重視されたのは、24週までに食道の病変が完全に消えた人の割合で、結果は41.7%。目標としていた30.2%は上回ったものの、偶然によるものではないと言い切れる結果には至らなかった。その後、18か月まで調査を継続したところ、その割合は50.0%で、18か月の全生存率は56.6%、がん特異的生存率は70.1%だった。比較対照を置かない単群の試験である。
  • 参加した37人のうち28人(75.6%)は80歳以上。体への負担が大きい治療を選びにくい方が対象だった。
  • 主な副作用は、発熱と白血球やリンパ球の減少。承認条件として、投与を受けた全員を対象とした調査が行われる。
  • 扱うことができる施設と医師には要件がある。費用は公的医療保険の対象で、高額療養費制度も使える。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。今回のお話が、主治医との対話のきっかけになれば幸いです。

参考文献

  1. 国立がん研究センター がん情報サービス. 食道がんについて(更新・確認日:2023年3月29日). https://ganjoho.jp/public/cancer/esophagus/about.html
  2. Kato K, Muro K, Muto M, et al. 2117P Oncolytic virotherapy with suratadenoturev (OBP-301) injection with radiotherapy alone for esophageal cancer patients: Final results of OBP101JP study. Ann Oncol. 2025;36(Suppl 2):S1113. doi:10.1016/j.annonc.2025.08.2737
  3. 国立がん研究センター がん情報サービス. 食道がん 治療(更新・確認日:2023年3月29日). https://ganjoho.jp/public/cancer/esophagus/treatment.html
  4. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構. テロメライシン注 添付文書(2026年6月作成 第1版).
  5. 独立行政法人医薬品医療機器総合機構. テロメライシン注 審査報告書(2026年6月8日). https://www.pmda.go.jp/regenerative_medicines/2026/R20260630001/181704000_30800FZX00007_A100_1.pdf
  6. 岡山大学. 厚生労働省に標準治療が難しい食道がんに対する腫瘍溶解ウイルス製剤「テロメライシン」の医薬品製造販売承認申請を実施. プレスリリース. 2025年12月18日. https://www.okayama-u.ac.jp/tp/release/release_id1480.html
  7. 厚生労働省. スラタデノツレブの最適使用推進ガイドライン(令和8年8月12日付 医薬機審発0812第1号)およびテロメライシン注の保険適用に係る留意事項(令和8年8月12日付 保医発0812第2号). https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/000497705.pdf
  8. 中央社会保険医療協議会 総会(第654回)資料. 再生医療等製品の保険適用について. 令和8年8月5日. https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001733495.pdf
  9. 厚生労働省. 高額療養費制度を利用される皆さまへ(更新日:2026年7月31日). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html

※ 本記事は、信頼できる一次情報源に基づき、医学・薬学の視点から解説したものです。実際の治療については、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。

執筆:Miyarun(薬剤師・医学修士)
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