はじめに
標準的な治療を一通り終えたとき、あるいは「標準治療がありません」と告げられたとき、「他に何か手立てはないのだろうか」という気持ちに誰もがなるのではないでしょうか。そのような時に選択肢の一つとなるのが、がん細胞の中の遺伝子の異常をまとめて調べる「がん遺伝子パネル検査」です。
「遺伝子をもとに薬を選ぶ」という考え方については、前回お伝えしました。ALK融合遺伝子という共通の異常をもつ、さまざまな種類のがんに使えるお薬「アレセンサ®」についてのお話です(こちらをご覧ください)。そうした「遺伝子で薬を選ぶ」医療の入り口になるのが、今回のがん遺伝子パネル検査です。
「この検査を受ける意味はどれ程のものか」という問いに、国内の大規模なデータで一つの答えを示した研究が、2026年1月、医学誌『Nature Medicine』に掲載されました。国立がん研究センターと慶應義塾大学の研究グループが、保険診療でこの検査を受けた約5万人分の実際の診療データを解析したものです。今回は、この研究についてお伝えします。
結論:遺伝子を調べる検査が、これからの治療を広げていく
がん遺伝子パネル検査を受けた進行・再発の固形がんの患者さん54,185人を解析したところ、治療に結びつく可能性のある遺伝子の異常が72.7%の方で見つかった。がん種によって差はあるものの、全体としては、見つかった異常に対応して承認された薬があった人は、そうでない人より生存期間が長い傾向が示された。検査をきっかけに新しい治療につながった割合は、現在のところ全体で8.0%にとどまるものの、年々増えている。
「検査を受けても、必ずしも使える薬につながるとは限らない」――けれども、治療に結びつく異常が見つかった人では予後が良い傾向が大規模なデータで確かめられ、しかも治療につながる割合が年ごとに確実に増えている。この検査は、今後の治療を選ぶときの参考になるだけでなく、これから先の選択肢にもつながる可能性があります。

言葉の説明:がん遺伝子パネル検査、C-CATとは
がん遺伝子パネル検査
がん細胞の中では、いくつもの遺伝子に異常が起きています。その異常の中には、がんが増える原因になっているものがあり、薬のなかには「その異常を持つがん細胞を狙って効く」ものがあります。がん遺伝子パネル検査は、数百種類の遺伝子の状態を一度にまとめて調べ、効く薬が自分にあるかどうかを確かめる検査です。今回の研究で使われたのは「FoundationOne CDx」という、324個の遺伝子を調べる検査です。
2019年から、進行・再発の固形がんで標準的な治療を終えた(または終える見込みの)患者さんを対象に、この検査が公的医療保険のもとで受けられるようになっています。
C-CAT(シー・キャット)
がん遺伝子パネル検査を受けると、その結果のほぼすべてが「C-CAT(がんゲノム情報管理センター)」という国のデータベースに集められます。遺伝子の情報だけでなく、その後の治療や経過の情報も登録されるため、「検査が実際の診療でどう役立っているか」を、国全体の規模で確かめられます。今回の研究は、C-CATに登録された2019年6月から2024年6月までのデータを使っています。
見つかった異常すべてに、対応する薬があるわけではないのが現状
残念ながら、現時点では、がん遺伝子パネル検査で遺伝子の異常が見つかっても、そのすべてに使える薬があるわけではありません。見つかった遺伝子の異常は、「薬とのつながりの強さ」という点で、いくつかの段階に分かれます。たとえば、「その遺伝子の異常に効く薬が、すでに承認されている」もの。「効く可能性が研究で示されてはいるが、まだ承認には至っていない」もの。そして「ごく少数の患者さんで効いたと報告された段階で、薬としてはこれから」というものまで、さまざまです。
今回の研究は、見つかった遺伝子の異常を、この「薬とのつながりの強さ」によって段階分けして整理しています。そのうち、何らかの形で治療につながる可能性がある異常(すでに承認薬があるものから、ごく少数の患者さんで効いたと報告された段階のものまで)は、全体の72.7%の方で見つかりました。
ただし、これは「72.7%の人に、すぐ使える薬がある」という意味ではありません。すでに承認された薬を使える人もいれば、まだ研究の段階で、すぐに治療には結びつかない人もいます。「治療につながる可能性のある異常が見つかること」と「いま実際に使える薬があること」は、分けて考える必要があります。
研究のアプローチ:約5万人の実臨床データを解析
今回の研究で注目したいことの一つは、細胞や動物ではなく、患者さん約5万人の診療データを直接調べた点です。
対象となったのは、がん遺伝子パネル検査を受けた進行・再発の固形がんの患者さん54,185人で、肺がんや大腸がんといった患者数の多いがんから希少ながんまで、81種類のがんが含まれていました[1]。
主な結果は、次のとおりです。
表 今回の解析で示された主な結果(オリジナル作成)
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 解析した患者さん | 進行・再発の固形がん 54,185人(81種類) |
| 治療に結びつく可能性のある遺伝子の異常が見つかった割合 | 72.7% |
| 見つかった異常に対して、使える承認薬があった人の生存期間(中央値) | 16.4か月 |
| 薬とのつながりが弱い段階だった人の生存期間(中央値) | 12.2か月 |
| 検査をきっかけに新しい治療につながった割合 | 8.0%(2023〜24年では10.0%まで上昇) |
ここでいう「中央値」とは、対象となった方々を期間の長い順あるいは短い順に並べたとき、ちょうど真ん中にあたる患者さんの期間のことです。使える承認薬があった人(薬とのつながりが最も強いグループ)では16.4か月、薬とのつながりが弱い段階だった人では12.2か月でした[1]。これらの中間にあたるグループ(国内では未承認の段階であったり、研究で有望とされる段階など)の生存期間は、両者の中間でした。がん種によって差はあるものの、全体としては、使える承認薬があった人の方がより長生きする傾向が示されました。
ただし、この研究は、患者さんを2つのグループに割りつけて比べる試験ではなく、実際の診療の記録を後から振り返って調べたものです。そのため、この生存期間の差が薬の効果だけによるものとは言い切れず、年齢や体の状態など、ほかのさまざまな要因も関わっている可能性があります。それでも、使える承認薬があった人の方がより長生きするという傾向が、約5万人という大きな規模で見られたことには、確かな意味があります。
この発見が伝えること
この研究が伝えていることは、大きく二つあります。
一つは、検査を受けて治療に結びつく異常が見つかり、それに合った治療につながった人では、予後が良い傾向があるということ。「検査を受ける確かな意味がある」というメッセージを伝えています。
もう一つは、検査を受けたことで実際に新しい治療につながる人が、年々増えているということです。検査をきっかけに新しい治療につながった割合は、2019〜20年は5.5%でしたが、2023〜24年は10.0%へと、ほぼ倍に増えていました[1]。新しい薬が次々と承認され、見つかった異常に対応できる治療が増えてきたことが背景にあると考えられます。
もちろん、すぐに治療に結びつく人ばかりではありません。上述したように、検査をきっかけに新しい治療につながった人は直近でも10人に1人ほどで、がんの種類による差もあります[1]。しかし、治療に結びつく可能性のある異常そのものは、すでに多くの患者さんの中に見つかっています。あとは、それに応えられる薬と仕組みが、どれだけ早く整っていくか――その歩みは、着実に前へ進んでいます。
わたしの視点
「遺伝子検査をしてから治療を選ぶ」ことが、そう遠くない未来に当たり前になるかもしれない
現在は、がん遺伝子パネル検査は「標準的な治療を終えた後」に受けるのが基本です。けれども、遺伝子の異常にもとづく治療がこれからさらに進歩していけば、いずれは「まず検査で遺伝子を調べ、その結果をふまえて治療を選ぶ」という流れが当たり前になっていくのではないか――私はそのように思います。
前回ご紹介した、ALK融合遺伝子という共通の異常をもつさまざまながんに使えるお薬の承認も、その流れの一つであると言えます。「臓器ごとに薬を選ぶ」から「遺伝子をふまえて薬を選ぶ」へ。この変化は、少しずつ確かなものになりつつあると感じています。
今は10%、それでも未来は明るいと考えられる理由
前述したように、検査をきっかけに新しい治療につながる人の割合は、直近でも10%ほどです。高い数値とは言えません。それでも、私がこの先に明るさを感じるのには理由があります。遺伝子の異常を狙った新しいお薬が、今も次々と承認されているからです。
対応する薬が一つ増えるたびに、これまで薬がなかった患者さんの一部に、新しい選択肢が生まれます。今回の研究の中で、治療につながる割合が5.5%から10.0%へと増えていたのは、まさにその積み重ねの結果だと考えられます。薬の開発が続くかぎり、この割合はこれからも増えていく――私はそのように見ています。
遺伝子検査を考えている方へ 〜薬剤師の立場から〜
実際に検査を受けるかどうかを考えるとき、知っておいていただきたいことがあります。がん遺伝子パネル検査は、検査会社での解析や専門家会議(エキスパートパネルとも言います)での検討を経るため、結果が説明されるまでに概ね1〜2か月かかること、そして受けるにはいくつかの条件があることです。だからこそ、「受けるかどうか」「受けるならいつか」は、体力や治療の状況に少し余裕があるうちに、主治医とゆっくり話し合っておく必要があると思います。
そしてもう一つ。検査の結果は、たとえその時点で対応する薬がなかったとしても、将来の選択肢を考えるときの大切な「自分の記録」になります。新しい薬が承認されたとき、過去に調べた遺伝子の情報が意味を持つことがあるからです。「今回は対応する薬がなかった」という結果は、行き止まりではなく、これから先の選択への一歩だと、私は考えています。
本サイトのお問い合わせから、ご相談を受け付けています。「この検査の話を、自分や家族にどう当てはめて考えればいいか」を整理したいときに、どうぞご活用ください。
まとめ
- 2026年1月、保険診療でがん遺伝子パネル検査を受けた進行・再発の固形がんの患者さん54,185人の実臨床データを解析した研究が、『Nature Medicine』誌に掲載された。
- 治療に結びつく可能性のある遺伝子の異常は72.7%の方で見つかった。がん種によって差はあるものの、全体としては、使える承認薬があった人の生存期間(中央値)は16.4か月で、薬とのつながりが弱い段階だった人の12.2か月より長い傾向が示された(観察データにもとづく関連)。
- 検査をきっかけに新しい治療につながった割合は、現時点では全体で8.0%にとどまり、がんの種類による差もある。一方で、その割合は2019〜20年の5.5%から2023〜24年の10.0%へと年々増えている。
- 検査は、今の治療選びの参考になるだけでなく、将来の選択肢を考えるための記録にもなり得る。遺伝子の異常を狙った薬は次々と承認されており、治療につながる人の割合は、これからも増えていくと考えられる。
遺伝子を踏まえて薬を選ぶ医療は、まだ発展の途中にあります。しかし、その歩みは着実です。標準的な治療を終える頃、あるいはその見込みがある場合、「がん遺伝子パネル検査」という選択肢があることを、心の片隅に置いていただけたらと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
- Saito Y, Horie S, Kogure Y, et al. Real-world clinical utility of comprehensive genomic profiling in advanced solid tumors. Nat Med. 2026;32:690-701. doi:10.1038/s41591-025-04086-8
※ 本記事は、信頼できる一次情報源に基づき、医学・薬学の視点から解説したものです。実際の検査や治療については、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。
執筆:Miyarun(薬剤師・医学修士)
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